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留学記―San Francisco State University

2024年1月27日

前回の留学記更新からかなり時間がたってしまいました。留学再開後の留学記第三弾をお送りします。今回の留学記を書いてくれたのは、石黒美波さんです。石黒さんは、2022年春から1年間、サンフランシスコ州立大学で学部授業を受けました。語学授業を受けず最初から学部授業を受けるのは、大変な苦労を伴います。しかし、その苦労は、将来に生きる、得がたい経験でもあります。石黒さんの苦労とがんばりを、留学記から読み取ってもらえたらと思います。

留学記―San Francisco State University

きっかけ

留学は高校生からの目標であり、NUFSへ進学した理由のひとつです。高校の海外体験学習でインドへ行ったのをきっかけに、そう考えるようになりました。実際にインドへ行き、生活を体験する中で、貧しい国というイメージが180度変わりました。マイナスな印象を持っていたのは、テレビやインターネットから得た情報を鵜呑みにし「インドとはこういう国だ」と決めつけたからだと思います。この経験から、世界は知らないことで溢れていることと、固定観念ではなく、自分の目で見て物事を判断できる人になりたいという想いから留学を志すようになりました。

アメリカを留学先として選んだ理由は、映画のようなキラキラした世界でありながら、銃社会で危険な国という自分のもつイメージが合っているのかを確かめたかったからです。

TESS II (協定校への通常の留学)を選んだ理由

実は、ディズニーワールドでの研修を伴うUCR特別留学にも出願していました。しかし、勉強しながら働くのではなく、勉強し学生生活を謳歌したいと考え、TESSⅡに変更しました。新型コロナウイルスの影響で1年生のときに学校に通えず、友人もできず、思い描いていた学校生活とかけ離れていました。そのため、日本では経験できなかった学生生活をアメリカでは実現させたいと考えました。留学する大学は、サンフランシスコ州立大学に決まりました。

想像と現実

留学準備期間はワクワクしていましたが、前日になると家族との別れが悲しく、不安になりました。それに追い打ちをかけるように、サンフランシスコに到着し空港から学校へ向かう道中、落書きの多さと灰色の家が密集している景色が想像と違い、ここで1年間やっていけるのかと心配になりました。さらに、寮には私だけしかおらず(渡米したのが長期休暇中だったため)、学校や生活について聞ける人がいませんでした。その日の夜、母に泣きながら電話し、ラーメンを食べたことを忘れられません。想像と現実の差からショックを受け、感情的になったのは、リアルなアメリカを初期から感じることができたからこそだと思います。​

学部留学だったので、全て学部授業を履修しました。しかし、実際に授業を受けてみると内容が分からず絶望しました。留学資格のIELTS基準を超えていて、NUFSの英語の授業も問題なく受けられていたのでまさかの出来事でした。「せっかく留学に来ているのだから学部授業で頑張りたい」という思いと、「全て中途半端でやり遂げられないかもしれない」という思いの葛藤がありました。そこで平山先生に相談し、1学期目は1つだけ学部授業を履修し、残りは学部開講の英語授業に変更しました。その代わり、2学期目は全て学部授業を履修することを心に決めました。1学期目は本場の英語に慣れることに集中することができ、2学期目は学部授業をやり遂げられました。

2学期目は「コミュニケーション学」、「イタリア語」、「ジャーナルライティング」、「アドベンチャートラベル」、「ヨガ」を履修しました。特に印象に残っているのは、コミュニケーション学です。演説を行う授業で、NUFSのOral Communicationに似た授業でしたが、スライドを作成して発表するだけではなく、声の強弱やハンドジェスチャーを用いて演説するスキルを学ぶ授業でした。私たちは五感から情報を得ます。しかし、その全てを吸収し、頭で分析することは不可能です。そのため、自分の興味やニーズに合い、かつ、五感の中でも目立つ情報を選択し、吸収しています。先生の解説をもとに、聞き手の興味を引きつけ、目立った情報としてその相手の五感に伝えるために、声の強弱やハンドジェスチャーを用いながらスピーチを行いました。

「アドベンチャートラベル」も印象に残りました。これはスキルを身につける授業ではなく、あるテーマについての理解を深める授業でした。授業のタイトルでありテーマでもある「アドベンチャートラベル」とは、文化、自然、アクティビティ体験のうち2つ以上を構成させた旅行を意味します。授業を通し、現地の方々や観光客といった全てのステークホルダーにメリットがある旅行について学びました。なお、「ヨガ」は名古屋外国語大学で単位認定されない授業でしたが、サンフランシスコ州立大学での履修単位の関係上、履修しました。

授業外

金曜日と週末は授業がなかったので、学習に充てる時間を多く取れたと思います。そのうち1日は友人と遊んだり、ゆっくりしたりする日にしていました。春休みやサンクスギビングには他の州や国外へ旅行に行きました。中でもシカゴが大好きでした! その理由は本場のシカゴピザを食べられたからです。生地が分厚く、チーズも生地の上に固まっていたので、食べ応えがありました。

留学を終えて

留学を通して、国籍・年齢・性別・恋愛対象関係なく友人ができました。日本では恋愛対象にきまりみたいなものがあり、「普通」と呼ばれるものと異なる指向性をもつ場合、明かせない方がいます。男女の友情に理解がない方もいます。しかし、海外ではそれらを当たり前に表現でき、受け入れられていました。私も「年齢が離れているから仲良くできない」とか「恋愛対象が違うんだ」と前提を持たずに接することができました。これは留学したからできた経験ですが、人との関わりを大事にしたからこそだと感じています。

授業を最後までやり遂げることができたのは、周りの方の協力があったからだと心から感じています。自分でクラスメイトや先生、ルームメイトと関係性を作り、協力を得ました。授業や課題をこなしていく上で、気軽に質問できる人がいないことが一番の課題でした。そのため、クラスメイトを授業外で見かけたら声をかけ、顔を覚えてもらい、授業内で話すきっかけにしました。先生にはメールで質問するのではなく、直接聞くことを意識しました。クラスメイトや先生との壁がなくなり、困った時は助けてもらいました。社会に出ると、年齢や国籍が違う方と接すこともあると思います。この経験は仕事をする時に役立つと考えるので、私の強みのひとつになりました。

実際にアメリカで生活して感じたことは、人の温かさで溢れていると同時に、銃社会であることに変わりはなく、薬物も日常的に目にすることです。友人から「銃声が聞こえた」と言われたり、銃事件をニュースで見かけたりしました。薬物についてはカリフォルニア州が合法だったので、ダウンタウンなどで薬物を使用する方が多かったです。

アメリカに対して少し怖い印象を与えてしまったかもしれません。危険な場所には行かず、自分の意思を持って過ごせば有意義な時間になると思います。

私が過ごしていた寮の写真です。ここは、5人または2人でアパートの一室をシェアします。ショッピングセンターが徒歩3分の距離にあり、とても便利でした。他にも寮があるので、自分に合う場所を選べます。

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サンフランシスコと言えばゴールデン・ゲート・ブリッジ! 残念ながら、この写真を撮った日はよく見えませんでした……。サンフランシスコは霧が濃く、風が強いので、こんなことがよくあります。

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ツインピークスは1番お気に入りの場所です。サンフランシスコ市街を一望でき、夕方に行くと日の入りと夜景の両方を楽しめます。景色がきれいなので、心が浄化され、これからも頑張ろうと励まされる場所でした。

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カリフォルニア州を中心に展開しているイン・アンド・アウト・バーガーです。帰国2カ月前に初めて食べたのですが、もっと早く食べておけば良かったと思うくらい、ハマりました。西海岸ならではのハンバーガー屋さんなので、是非一度は食べてもらいたいです!

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